おはぎは、餅米とうるち米をやわらかくつぶしたお餅を、あんこでくるんだお菓子です。
同じ和菓子を、ぼたもちと呼ぶ地域もあるでしょう。
現代では、主に、春と秋のお彼岸に食べます。
しかし、おはぎほど、さまざまな呼び名のある和菓子も珍しいと思われます。
今回は、そんなおはぎの歴史と、異名(いみょう)についてみてまいりましょう。

目次

ぼた餅とお萩はおなじもの

30年近く前の高校の古典では、今昔物語に出てくる、「かいもちひ」をおはぎ、と訳していました。
今日では、「かいもちひ」は、「そばがき」の類であるともいわれるようです。
今昔物語は、平安末期の書物ですし、平安時代には小豆を使うことがまだ少なかったからだということです。
研究によって、さまざまな説が出てくるのですね。

おはぎの多くの異名については、後述します。
しかし、お萩と牡丹餅については、最初に触れないわけにはいかないでしょう。

たとえば、関東ではお萩と呼び、関西ではぼたもちと呼ぶという説。
もち米よりも、うるち米(普通のコメ)が多いのをお萩と呼び、もち米の多いのを牡丹餅と呼ぶと考える説。
春はボタンが咲くから牡丹餅(ぼたもち)、秋は萩の季節なので、おはぎとも。

さらには、粒あんでくるんだ、すこし大きめのものが、ぼたもち。
こしあんでくるんだ、俵型の上品なものがおはぎと呼び分けることもあります。
また、ぼたもちを、単に上品に言ったのが、お萩という女言葉であったという説もあるのです。

さて、おはぎという名称そのものは、室町時代にさかのぼります。
宮中の女房たちが、「萩の花」と呼んでいたからです。
そして、江戸時代に書かれた『本朝食鑑』には、「母多餅、一名、萩の花」と記されています。
ですから、江戸時代には、ぼたもちとお萩は同じものという認識があったようです。

うるち米が混ざっているのは、貴重な餅米を惜しんだためと思われます。
餅米は、五穀豊穣の象徴として、お供えに用いられることが多いもの。
また、小豆は、赤い色がめでたく、邪気を払うとも考えられていました。

ところで、具体的に、お萩がどの時代にさかのぼるお菓子かという資料はありません。
しかし、次にものべるように、既に日蓮上人の13世紀には、あんこを使うぼたもちは知られたお菓子でした。
しかし、砂糖は非常に高価でしたから、昔は塩餡を用いることが普通だったはずです。
実に、第二次世界大戦が終わり、1960年代前半に蔗糖の輸入が自由化されるまで。
日本では、砂糖は、多かれ少なかれ、ぜいたく品でした。
塩餡のぼたもちも、ほんの50年、60年前まではよく作られていたのですね。

黄な粉とゴマのぼたもちの由来

お萩には、こしあん、粒あんのほかに、黄な粉やごま餡を使ったものもあります。
とくに、黄な粉のぼたもちについては、日蓮上人の故事があります。
ご紹介しておきましょう。
1271年に、日蓮上人は斬首刑に処されることになりました。
最後に何が食べたいかと聞かれた上人は、ぼたもちと答えられたのです。
しかし、小豆はすぐには炊けません。
しかたなく、黄な粉とゴマをまぶした、ぼたもちを用意したそうです。
すると、死刑から刑一等を減じた流刑にするという連絡が届いて、命が助かりました。
それから、日蓮宗の習慣として、旧暦の9月12日に、黄な粉とゴマのぼたもちを供えるようになったとのことです。
名称は、「御難の餅」「難よけぼたもち」「首つなぎぼたもち」などです。

おはぎの異名

おはぎは、炊いたお米を、すりこ木などで、つぶすようにして、粒が残る程度にまとめるのです。
ですから、つかない=つきしらず、つきしらずの餅とよばれることもあります。

さらに、昔は、餅をついたら、隣近所におすそ分けをするのが習わしでした。
しかし、そっとないしょで作りたいこともあります。
それでも、餅は、つく音が近所に響いて隠せません。
けれども、ぼたもちであれば、音がしないので、つき知らずとも呼んだのです。
別名を内緒餅ともいいます。

この話を聞いた時には、最初は眉唾ものの話ではないかと思いました。
しかし、今でも、各地の山間部などに、「ないしょもち」の名前で、さまざまな「あんもち」が残っています。
内緒餅、つき知らず、は、リアリティのある名前だったのですね。

このつき知らず、から、夏と冬のお萩の名前が考案されました。

江戸時代は、船が重要な交通機関でした。
夜、船に乗ると、静かで暗いので、陸地についたことがよくわかりません。
そこで、夏のお萩は、つき知らず=着き知らず、ということで、「夜船(よふね)」と呼ばれます。

そして、冬の北の窓からは、月が見えません。
つきしらず=月知らず、から、冬のお萩を「北窓(きたまど)」と呼びます。

春がぼた餅、夏が夜船、秋はお萩。
そして、冬が北窓です。
さらに、内緒餅、つき知らず餅、とも呼ばれるのです。

ちなみに、よく似た「あんころもち」がありますが、ご飯をきちんと餅にしたのが、あんころ餅です。
粒ができる程度にしかついていない、おはぎとは、全く違う和菓子ですね。

ソウルフードの和菓子の可能性

お萩やぼたもちは、全国各地で、地元のお菓子屋さんから、高級和菓子店までが作っています。
最後に、2015年にNHKのプロフェッショナルの流儀で放映され、全国的に有名になった、仙台のおはぎを紹介しておきましょう。
仙台の秋保温泉にある、主婦の店さいち、というお店があります。
そこのお総菜コーナーの、餡と黄な粉とゴマのお萩が有名になりました。
一時は、仙台駅のお土産コーナーでも売っていたそうです。

おはぎ、ぼたもちは、日本人の好きな和菓子の5本の指に入るというアンケート結果もあります。
日本人のソウルフードなのですね。
おいしければ、全国的にブレイクする可能性も秘めた和菓子なのです。