1月から6月までに引き続いて、毎月の季節の和菓子を、トリビア知識もふくめて、お伝えしていきます。
日本人の季節感の豊かさと、お菓子の恵みには驚くばかりです。

7月 葛餅(くずもち)

葛餅も、桜餅と同じように、関西と関東では全く別物のお菓子です。
最初は、関西の葛餅をご紹介しましょう。マメ科の植物である、葛(くず)は、日本を含む東アジアに広く分布する植物です。
根を掘って砕き、それをさらしてとった白いでんぷん粉は、日本でも新石器時代から出土しています。
ということは、稲が弥生時代に入ってくる以前から、くずのデンプンは食べられていたのです。
ですから、葛餅は、今の米のお餅よりも古い食べ物といえましょう。
ただし、薬としてのくず粉(葛根湯・かっこんとう)の使い方や、いわゆる葛切りとしての食べ方は、鎌倉時代に中国の宋から仏教とともに伝来しました。
初期の葛切りは、今のきしめん状のものではなく、練った葛餅を水で冷やしたものでした。
関西の葛餅は、葛粉に火を通して、透明にした、つるんとしたお菓子です。清涼感が売り物です。
くず粉に水を入れて(砂糖も入れることも)火にかけて練ると、だんだんと透き通ってきます。
その透き通ったものを冷やし固め、一口大にして食べるのが、関西風の葛餅です。黒砂糖の蜜や黄な粉をかけることもあります。
または、すこし冷やした透き通った葛餅を伸ばし、餡などを包んだお菓子も、葛餅と呼びます。
京都では、祇園祭の山鉾町のお菓子として、ピンクのあんを葛餅で包んだ、稚児提灯(ちごちょうちん)があります。
とても季節感のある、美しいお菓子です。
京都に限らず、関西を中心に作られている葛を使った葛餅は、7月にふさわしいお菓子ですね。
さて、関東のくず餅は、小麦粉から作った発酵食品です。
江戸時代から、亀戸天神や川崎大師、神田明神などの門前の茶店で、地下室のむろで作られていました。
現代では、千葉県船橋市のくず餅が有名です。
三角に切った半透明の形が特徴的です。
くず粉を使った葛餅が透明であるのと対照的です。
しかも、発酵食品のくず餅は、乳酸菌による発酵です。
現代の健康食品としても、価値が見直されています。
食べ方は、黒蜜と黄な粉を懸けるという点では、関西にも似たところがあります。

8月 錦玉(にしきだま)・水ようかん

錦玉も、水ようかんも、ともに寒天を使ったお菓子です。
錦玉は、錦玉寒(きんぎょくかん)とも呼ばれ、透明感が涼しさやきらめきを呼ぶお菓子です。
錦玉寒を作る過程で、少し焦がしたものは、琥珀色(こはくいろ)の輝きがあり、琥珀寒(こはくかん)と呼ばれます。
白餡に色をつけ、金魚の形にしたものを、透明な錦玉の中に閉じ込めたお菓子は涼やかで、いただくと、汗もひくような気がします。
薄茶とともに味わえば、疲れもきれいにとれてしまいます。
錦玉と琥珀寒は、水分量が多ければ生菓子に作れます。
水が少なければ、氷のような外見のお干菓子にもなります。
干菓子に仕立てたものは、焦げた色目でなくても、琥珀寒と呼びます。
割氷、あるいは薄氷は、外側を砂糖でシャリシャリした触感に固め、内側は、透明感のある寒天の滑らかな舌触りも残り、とても涼しげな夏のお干菓子です。
さまざまな果物の味や色を再現して、かち割り氷のような形に仕上げます。
水ようかん
練りようかんのレシピで、水を増やして寒天を減らすと、柔らかな舌触りの水ようかんが出来上がります。
真夏は、笹流しといって、細い青竹のひと節に、水ようかんの種を流し込んで冷やし固めたものが珍重されます。
節にキリなどで穴をあけると、細い水ようかんを吸い出すことができて、楽しみながらいただけます。
はじける笑い声の中に、暑さも、一瞬、吹き飛んでしまいそうです。
さて、ここでは、寒天の歴史について、簡単にお伝えします。
寒天は、江戸時代前期の17世紀後半に、大阪で工夫されました。
すでに、平安時代から材料のテングサを加工して、ところてんとして食べることは行われていました。
ところが、島津のお殿様が食べ残した、ところてんを外に捨てたのが、寒さでひと晩で凍ってしまったのです。
凍ったところてんは、きしめんの乾麺のようになっていました。
その硬いひらひらした干物をもう一度火にかけると、ところてんを固める前の状態に戻ったではありませんか。
しかも、味からは、もとの海臭さが抜けているのです。
この寒さで凍らせたテングサを、テングサの干物、つまり寒天と呼んだのです。
これを発見したのは、大阪の商人・美濃屋太郎左衛門でした。
太郎左衛門が、高僧の隠元和尚に相談すると、これは精進料理にきっと役に立つと、和尚はさまざまな工夫をされたのでした。
ところで、隠元和尚様は、インゲン豆を明から持ち込んだ、中国から帰化した高僧です。
その後、お菓子としての練り羊羹や水ようかんは、江戸時代後半までに完成したのです。

9月 お萩

秋のお彼岸に食べる牡丹餅のことを、お萩といいます。
秋なので、あんの小豆の粒を萩の花にたとえたといわれています。
一方で、春のお彼岸に食べる場合は、春に咲くボタンになぞらえて、ぼたもちと呼ぶ説が有力です。
その場合は、つかない餅ということで、ダジャレのような異名が季節ごとにあります。
夏は、いつ着いたかわからない夜の船にかけて、「つき知らず=着き知らず」で、夜船(よふね)。
冬は北の窓からは月が見えないので、「つき知らず=月しらず」の北窓(きたまど)と呼ぶというのです。
このお菓子は、もち米を蒸して、粒が半分になるくらいだけつくので、半殺しとも呼ばれます。
丸めた半殺しの餅米の表面に粒あんやこしあんをまぶしたものが、お萩です。
あんこの周りを半殺しの餅米で覆って、その上に、きなこをまぶしたものもあります。
しかし、お萩と牡丹餅の呼び分けについては、こしあんをお萩、粒あんを牡丹餅と呼ぶ説もあるのです。
また、関東ではお萩、関西ではぼたもちとよぶ説もあり、どれが正しいのかは、はっきりしません。
ひとつ言えるのは、お萩は、日本の和菓子の中でも、遅くとも、平安時代には成立していた歴史の古いお菓子だということです。
ですから、それだけ、各地で呼び名や作り方も多様であってもおかしくないということです。
ちなみに、古来は「かひもち」と呼んでいたことが、宇治拾遺集に残っています。そして、昔は砂糖を使いませんでした。
現在のように、砂糖をふんだんに使うようになったのは、第二次世界大戦が終わってからなのです。
ちなみに、東北地方では、枝豆で作ったきれいな黄緑色のあんを使います。これをずんだもちと呼ぶのです。
お彼岸のお萩を食べると、さしもの夏の暑さも和らぐようです。暑さ寒さも彼岸まで、ですね。

10月 栗きんとん

10月(旧暦9月)の十三夜の名月は、栗名月と呼ばれます。ですから、お月さまにも、栗をお供えします。
ちなみに、9月の十五夜は、里芋を供える芋名月です。
さて、栗名月の10月は、栗を使ったお菓子に季節感を感じます。
ところで、栗きんとんと、栗金団(くりきんとん)が全く別のものだとご存知でしたか。
栗きんとんは和菓子。栗金団は、お正月のおせちに入れる、甘い栗のお料理です。
むき栗を、黄色いあんであえたものです。
もちろん、和菓子として栗金団をあつかうこともあります。
とくに、栗の名産地、岐阜県では、栗金団もお菓子として、缶詰にして和菓子屋で扱われています。
これを栗かの子と呼びます。
さて、栗きんとんのほうですが、もともと、岐阜県恵那地方、とくに中津川の銘菓でした。
皮をむいた栗を砂糖で煮て、裏ごししたものを茶巾絞りにしたお菓子です。
ほくほくほろほろと崩れるような触感で、お茶席に出されると、黒文字で食べるのに苦労します。
そういう場合は、お茶席でも、手でいただいていいのです。
ところで、栗かの子
には、もうひとつの種類があります。
餡を求肥で作った餅でくるみ、大納言小豆をまわりにつけて、寒天液ではりつけて、艶も出したお菓子が、かのこです。
大納言小豆の代わりに、蜜で煮た栗の薄切りを貼ると、栗かの子と呼びます。
かの子とは、シカの子のことです。
また、10月には、日本でも定着してきた、ハロイーンにちなんだ和菓子が、カボチャを使って作られることもあります。
このように、和菓子とは、伝統に縛られるだけではなく、日本人の今の生活に密着したものでもあるのです。

11月 亥の子餅(いのこもち)

亥の子餅とは、瓜坊(うりぼう)と呼ばれる、イノシシの子にあやかった餅菓子です。
形は、瓜坊そのものの場合もあれば、餅に亥の字を焼き印しただけのものもあります。
現在でも、さまざまな形があります。
たとえば、求肥にゴマを混ぜたもので餡を包み、黄な粉をふり、瓜坊の模様を焼き印したもの。
とらやでは、焼き印をせず、たっぷりと黄な粉をまぶしてあるというように。
亥の子餅のいわれとしては、次の3つがあげられます。
ひとつ目は、亥の月(旧暦10月)の亥の日の亥の刻(午後10時ころ)に、亥の子餅を食べると、厄を払うとした行事に基づくものです。
宮中では、各自の身分に応じた色の亥の子餅を下賜した習慣がありました。
その後、室町幕府や江戸幕府にも、この伝統が受け継がれ、亥の子餅を祝うようになったのです。
亥の子餅のもうひとつの起源は、平安時代の婚礼の3日目の夜に、結婚がめでたく成立した、ところあらわしの祝いとして食べられたお餅です。
男性が通い始めて3日目に、結婚を世間に披露した習慣です。
これを、三日夜餅(みかよもち)と呼んだのです。
イノシシは多産なので、家族の繁栄を願って、猪子餅(いのこもち)を食べたのでした。
源氏物語の葵の巻にも記述があります。
さらに、亥は、中国の五行で水の性質をもつために、火をさけるという意味を持ちました。
そこで、冬の初めに、炉を切るときも、亥の日を選んだのです。
その祝い餅としても、猪子餅が用いられました。
今でも、茶道では、夏の間、畳の下に隠してあった炉を開く、「炉開き」の茶事(ちゃじ)があります。茶道の正月とも言われる大切な行事です。
そして、炉開きのお茶には、亥の子餅を供します。
お茶室の炉から、新しい炭の香りがして、亥の子餅をいただくと、冬になるのだという感慨に打たれます。

12月 いちご大福・寒椿(練り切り)

果物のいちごの旬は、温室栽培が盛んになる以前は、5月のはじめでした。
しかし、今や、クリスマスケーキの需要に合わせて、いちごの旬は12月となりました。
そこで、和菓子の世界でも、いちご大福が一番おいしいのは、12月となったのです。
いちご大福は、餡でいちごをくるみ、生クリームを添えて、求肥でくるんだ、洋菓子の香りのする和菓子です。
クリスマスキャロルの流れる師走の街にふさわしい和菓子ではないでしょうか。
もちろん、いちご大福は、年間を通じて作られてはいるのですが、旬は12月です。
寒椿(練りきり)
練りきりとは、白あんに繋ぎの食材(山芋・みじん粉など)を加えて練った練りきり餡を、手やへらや型を使って、さまざまな形に整えた上生菓子です。
正しくは、練りきり餡と呼ばれます。
寒椿とは、椿と山茶花の両方の性質をもった花です。
どちらかというと、山茶花に近く、ほとんど見分けがつきません。
山茶花が11月から咲き始めるのに対して、寒椿は、12月の花です。
暮れも押し迫ったお茶席で、赤い寒椿の練りきりで一服頂戴するのは、心休まるひとときです。

以上のように、2回にわけて、12カ月の和菓子をご紹介してまいりました。
様々なトリビアも、お伝えしました。
とくに、7月のみたらし団子が夏のお菓子などは、大変珍しかったでしょう。
今回は、季節感中心としたご紹介でしたので、日常的なお菓子とお茶席のお菓子の両方をお伝えしました。
しかし、別の機会には、お茶席のお菓子だけの12カ月もご紹介したいものです。