水無月の由来と和菓子

水無月は旧暦の6月にあたりますが、そもそも旧暦とは、現在の太陽暦(グレゴリオ暦)のひとつ前のものになります。何度となく改暦されて来ましたが、現在の太陽暦は明治5年に採用されており、それ以前が旧暦と言われていました。旧暦と新暦の違いは、旧暦は月の満ち欠けを基準にしているのに対し、新暦は地球が太陽を回る周期が基準になっています。そこで、実際の季節とは少し違ってきている訳です。旧暦の水無月の意味は、田んぼに水を引くという意味合いでした。しかし、水の無い月とは不自然な気がしますが、実はこの「無」は「の」の役目をしています。よって、水無月の本来の意味は「水の月」で、水なし月ではないようです。他にも水無月の由来説があり、田んぼに水を張るので「水張り月」から水無月になった。また、旧暦の6月に当たるのは、現在で言う7月から8月頃で、暑い時期ですから水が無いことから水無月になった説もあります。和菓子と水無月の起源ともいえる、「氷の節句」も旧暦と深く関係しています。「氷の節句」は旧暦の6月1日で、暑いさなかになりますね。暑い中氷室(ひむろ)から氷を出し、口にして夏を健康に過ごせるように祈っていたのが平安時代の風習でした。しかし庶民は氷など口にできません。そこで、氷に見立てた和菓子「水無月」が食べられるようになりました。

和菓子の水無月と「夏越祓(なごしのはらえ)」

京都では6月30日に、「夏越祓(なごしのはらえ)」という夏の疫病や災厄から免れるために祈願する行事があります。神社の境内に作られる、チガヤという草で編んだ大きな輪を3度くぐり抜けます。「水無月の夏越の祓する人は、千歳の命延ぶというなり」と唱えながら8の字を描くようにくぐるそうです。この輪くぐりは日本民話に基づいており、その昔、ある兄弟の元に1人の旅人が現れました。一晩泊めて欲しいと願いましたが、裕福な兄は断り、貧しい弟は泊めてあげました。この旅人がスサノオノミコトで、教えにより茅の輪を腰に付けたら疫病を逃れ、末代まで繁栄したといいます。そこから「夏越祓(なごしのはらえ)」の行事がなされるようになり、6月30日に半年の厄落としをします。そして決まって食べられるのが、「水無月」の和菓子です。

和菓子の水無月でも厄払い

平安時代の宮中行事である「氷の節句」の頃から、氷を見立てて作られたのが「水無月」の和菓子でした。白い外郎(ういろう)の上に小豆がのせられた三角形の和菓子です。小豆は古来から赤い色が邪気を祓うと言われ、三角形は削りたての氷をイメージしているそうです。暑い夏に甘い和菓子を食べてエネルギーを養い、小豆を食べることで厄払いをしていました。それが現在でも受け継がれており、京都では6月になると和菓子店に一斉に「水無月」が並びます。京都の人々は、6月30日に「水無月」を食べないと夏を越せないと言うほどの、伝統ある和菓子になっています。遠い昔、人々の氷への憧れから作られた和菓子が、京都の夏に無くてはならないものになりました。古い歴史と深い意味合いのある「水無月」の和菓子。夏に是非とも食べてみたい和菓子ですね。