せんべいとは、でんぷん粉を水で溶かして、焼いたお菓子です。
この食べ方は、大変に歴史の古いものなのですね。
今回は、そんなせんべいの歴史と、種類を見てまいりましょう。

せんべいの歴史

関東と関西で、同じ名前でも違う和菓子は、数々あります。
たとえば、有名なのは桜餅です。
関東では、小麦粉を使った、クレープで餡をまいたような長命寺桜もちがポピュラーです。
一方、関西では、餅粉である道明寺粉を使った、つぶつぶした半透明がさわやかな、道明寺粉の桜餅でしょう。

せんべいも同じです。
一般に、関東では、米を材料とする、草加せんべいのようなものがせんべいと呼ばれます。
ところが、関西では、小麦粉に砂糖味の、瓦せんべいのようなものがほとんどです。
さらには、東北地方では、せんべいは、せんべい汁という食事に使う、小麦粉の食材でもあります。
今回は、歴史の中で、それぞれのせんべいがどのような道をたどってきたのかを勉強してまいりましょう。

縄文クッキーや穀物のせんべい

和菓子の歴史は、古代の果物や木の実にさかのぼります。
自然の恵みをそのまま、あるいは、干して食べていたのが、くだもの=お菓子や甘味であったと考えられるからです。

ところが、間食であったかは別として、せんべいの原型のような食べ物は、はるか縄文時代の昔からあったようなのです。
それが、いわゆる縄文クッキーと呼ばれるものです。
どんぐりや栗などの、堅果類(けんかるい)の粉を水で溶いたり、里芋や山芋などをすったものを、いろりの灰の中で焼いたと考えられます。
一時は、肉や油などを加えたレシピが創作されましたが、考古学的に実証されていません。
実証されたものは、祭祀用の器に残された化石などを分析したものです。
いずれにせよ、でんぷん質を焼いて食べたという点では、せんべいの歴史的元祖ともいえるでしょう。

また、吉野ケ里遺跡や登呂遺跡などの弥生時代の遺跡からは、穀物類をつぶして焼いたものの化石も出ています。
せんべいに近いものが、弥生時代から食べられていたのです。

唐菓子(からがし)の煎餅(せんべい)

小麦粉をこねて、薄い形にして、油で焼いたものが、唐から伝わった煎餅です。
8世紀の奈良時代までには、日本に伝わっていました。
米粉を使うこともありましたが、唐菓子としては、小麦粉が中心です。
平安時代の辞書、『和名類聚抄』には、小麦粉の麺を油で焼いたものと書かれています。
今昔物語(平安時代)にも、せんべい好きの女性の話が出てきます。

あられとかき餅

本来のあられは、もち米をそのまま、煎ったものです。
ひなあられから砂糖を引いていただくと、イメージがつかめると思います。
奈良時代には、土器に入れてあぶったもち米を、農民がハレの間食として食べていたそうです。
これらが、あられの元祖といえます。

その後、餅が普及すると、保存食として、餅を小さく切ったものを焼いて食べるようになりました。
これを餅を欠いて作ったものという意味から、かきもちとも言います。

現在では、かきもちの細長いものをあられ、大型のものをかき餅と呼んでいます。
いったん、餅にして焼いてあるところが、現代の粉から作るせんべいとは違います。

せんべいの種類

今の形の煎餅が発達したのは、江戸時代になってからといわれています。
小麦粉に砂糖を入れて焼いた砂糖煎餅と、くず米を使った塩せんべいの二つの流れがあったと思われます。

砂糖煎餅

18世紀の『和漢三才図絵』には、小麦粉を砂糖または糖蜜でこねて、小さくしたものを蒸し、それを伸ばして、鍋や釜で焼いた砂糖煎餅が掲載されています。
また、同じく18世紀の『古今名物御前菓子秘伝抄』に、同じ砂糖煎餅と、金属の板で餅をはさんで焼くせんべいの製法が書かれているそうです。
歌舞伎十八番の『助六』にも、せんべいが登場しますが、これらは砂糖煎餅の仲間です。
小麦粉を練って、落花生なども入れて焼いたものが既にありました。
『助六』では、せんべい尽くしのセリフがあり、砂糖煎餅・羽衣煎餅・すごろく煎餅・竹村の巻煎餅・木の葉煎餅・薄雪煎餅・朝顔煎餅などが、あげられているのです。
砂糖味の小麦粉煎餅が、江戸でも、いかに人気であったかが分かります。

こちらの砂糖煎餅の系統が、明治になって、有馬や宝塚の炭酸煎餅や、道後温泉の温泉せんべいなどにも発展していきました。
砂糖煎餅が名物になったということは、そのせんべいができたころには、砂糖がぜいたく品であったという印でもあるのです。

東北の南部せんべい

東北地方では、江戸時代に繰り返した飢饉のときに、小麦粉からつくる、薄い塩味のせんべいを主食とするようになりました。
それが、今でも関東地方のスーパーでも見られる、南部せんべいです。
特に、江戸後期の天保の大飢饉のときに、せんべい汁が考案されました。
魚や野菜を入れた汁に、割った南部せんべいを入れて煮たものです。
現在は、鶏や豚でだしを取り、大根、ニンジン、ゴボウ、キャベツ、豆腐などを入れ、麩や魚介類などが汁に入ります。
中には、イワナなどを使った、とてもぜいたくな郷土料理もあるのです。

塩せんべいと醤油煎餅

砂糖煎餅は、上等のものは贈答品にもなるほど、高級なお菓子でした。
それに比べると、塩味の煎餅は、江戸時代の料理書に載せられることもなく、品の下ったものとみなされていました。

草加せんべい
江戸時代に、日光街道の草加宿付近(埼玉県)の農家で、くず米を餅にして、堅餅という保存食を作っていました。
それを薄く切って焼き、塩味でたべたものが草加せんべいの始まりだという説があります。
もう一つは、草加宿の東松山の茶屋のお仙というおばあさんが売れ残りの団子をつぶして焼いたものが、草加せんべいの始まりという説です。
今のような様々な味がそろったのは、昭和になってからともいわれます。

東京でも、大正3年創業の浅草の入山せんべいが有名です。
醤油味の堅焼きせんべいです。
現在では、せんべいといえば、塩辛い味がほとんどですが、その歴史は、意外と浅いのです。

このように、大きな流れとして、砂糖煎餅と塩せんべいがありますが、今ではそのバリエーションは、書ききれないほどたくさんになっています。