江戸の町には楽しみがたくさんあり、人の集まる場所には茶店や菓子屋がありました。
そんな江戸時代から続く茶店のひとつが船橋屋です。
ここでは船橋屋の元祖くず餅を御紹介します。

人気のくず餅はお参りの楽しみ

船橋屋の創業は文化2年(1805年)、初代勘助が亀戸天神の門前に茶店を開き、くず餅を売って評判になりました。門前の甘みはお参りの楽しみのひとつだったのです。

小麦デンプンで作られる人気のくず餅

船橋屋のくず餅は、葛粉ではなく、水の中で乳酸発酵させた小麦デンプンを使います。岐阜の羽鳥の工場で、小麦から作ったデンプンを杉樽の中の水に浸けて1年3ヶ月の歳月をかけてゆっくり発酵させます。この工程のおかげで独特のコシが出るわけです。これを亀戸の工場に運んでくず餅に仕上げます。
デンプンは数日を費やして水洗いを行ないます。その後はベルトコンベアにのって作業が進められます。艶やかな乳白色に蒸しあがったくず餅は、セイロから出され、台形にカットした後で特製のきな粉と黒蜜を添えて箱詰めされます。朝に作って午後には店頭に並びます。くず餅は本来生もののため、必ずベテランの職人が目で見て指で触って品質をチェックするのも船橋屋のこだわりです。
くず餅ならではの食感や風味を生かすのは濃厚な黒蜜と香ばしいきな粉です。この組み合わせは初代の勘助が考えたものです。本店の喫茶室では、くず餅の上に漉し餡と黒蜜をかけた「よしの餅」も味わうことができます。

くず餅以外の人気の甘味

「豆かんてん」
赤えんどう豆と寒天と黒蜜の組み合わせで、ふっくらと炊き上げた赤えんどう豆がたっぷり入っています。赤えんどうのほのかな塩気が堪りません。
「あんみつ」
船橋屋はあんみつにもくず餅が入っています。漉し餡と求肥と寒天とフルーツにコクのある黒蜜を纏わせて頂きます。
「夏みかん」
夏場は天然果汁のかき氷が人気です。大粒の夏みかんをシロップ煮にしており、フルーティーですっきりとした甘さが特徴です。
「宇治金時」
丹念に練り上げられた抹茶蜜に小豆を添えた宇治金時も人気のかき氷です。ふわふわと上品な口当たりに仕上がっています。
かき氷は他に、船橋屋の美味しい黒蜜をたっぷり使った「黒蜜きなこ」がおすすめです。

藤見物と船橋屋

菅原道真公を祀る亀戸天神は、下町の天神様として親しまれてきました。亀戸天神は霊剣あらかたな学問の神様ですが、花の名所としても有名です。本殿前には心字池があり、朱色の太鼓橋がかかります。その池にそって藤棚がしつらえられており、初夏には見事な花をつけます。江戸時代より「亀戸の藤浪」「亀戸の五尺藤」と呼ばれてたくさんの人で賑わいました。歌川廣重の「名所江戸百景」などにも描かれています。
船橋屋本店の入り口に藤棚があるのは、天神様にちなんだものでしょう。江戸から明治のころは、深川から猪牙舟(ちょき)という屋根のない舳先のとがった細長い形の船で横十間川を上り、天神様の西門前の桟橋で降りて藤見物をしたそうです。そして、帰りがけには船橋屋でくず餅を食べるのが粋な遊びとされていたそうです。
作家の吉川英治は船橋屋の黒蜜が好物で、パンに塗って楽しんだと伝えられています。喫茶室には吉川英治の書になる看板がかかっています。