梅は冬の終わりを告げ、春の訪れを告げる花です。春は旧暦で1~3月のことをいい、まだ寒いこの時期ですが1月から日が昇るのも早く感じられるようになり、春が待ち遠しく感じる季節でもあります。和菓子においても、梅は春の代名詞としても扱われ、梅にちなんだ和菓子が店頭に並び始めると、春はもうすぐそこだなと感じることも多いでしょう。

梅のお話

梅の花の花言葉は、春の和菓子にぴったりな「上品」や「気品」で、少し格の高い雰囲気がうかがえます。梅は観賞用の梅と食用の梅があります。梅の花は2月をピークとして咲くのに対し、食用の梅の実がつくのは少し先の6月ごろです。つまり、春の訪れを告げるのは梅の実ではなく、梅の花のことを指します。

梅は元々中国から来たもので、今でも烏梅(うばい、未熟な梅の実を薫製にしたもの)と呼ばれる漢方薬として扱われるほど梅は栄養が豊富です。中国語で烏梅をウメイ(wu mei)と発音していたものがウメと呼ばれるようになった由来です。

山形県村山地方銘菓「乃し梅」

山形県は紅花(べにばな)というキク科の花が県花にもなっているほどで、その紅花から赤色の染料を取り出すために梅のエキスに含まれる酸が使われていました。そのために、山形県では紅花と同時に梅の生産も盛んです。染料を取り出すための梅は青梅ですが、完熟した梅を使って作られるのが、乃し梅です。乃し梅は山形県だけでなく、茨城県の水戸や和歌山県でも有名です。

乃し梅の基本の材料は、完熟した梅と寒天と砂糖です。作り方は、梅と寒天と砂糖を煮て溶かしたものをガラスの板に薄く平らになるようにして流し込み、数日間固まらせます。そして型枠から外して切り、竹の皮に包みます。乃し梅は透き通った琥珀色をしていて、見た目にもとてもきれいです。梅の甘酸っぱさとさっぱりした味わいの和菓子です。

乃し梅の発祥とされるのが山形県の「乃し梅本舗佐藤屋」です。その昔山形藩主の専属のお医者さんだった小林玄端が長崎で中国人から梅を原料とした薬の作り方を元に気つけ薬(気の乱れを整える薬)としてを伝え受けて作ったのが「乃し梅」の原型と言われています。

石川県金沢市銘菓「福梅」

石川県金沢市の木は梅です。金沢で梅が有名なのは、加賀藩主である前田家の家紋が「剣梅鉢(けんうめばち)」という梅をかたどったものだということからです。前田家の祖先は菅原道真とされていることから、菅原道真ゆかりの家紋である梅鉢紋が使われているのです。菅原道真といえば「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花、主(あるじ)なしとて春を忘るな」という、菅原道真が大宰府に左遷されたときに詠んだ有名な歌がありますね。

福梅は、毎年12月になると石川の和菓子屋さんでは福梅作りがはじまり、12月上旬から1月下旬が販売の旬の時期です。梅をかたちどられた最中に濃厚なつぶ餡がつまっています。中のつぶ餡が濃厚なのは、日持ちさせるために水飴を練り込んでいるからで、一般的な餡より甘いだけでなく硬めに仕上がっています。基本的な作り方は同じですが、お店によって最中の形や味が違います。冬のこの時期に出る福梅として、最中の上に粉砂糖をかけて雪を表現したものもあります。

福梅は、白い福梅と淡いピンクの福梅を組み合わせることで紅白の和菓子として、金沢ではお正月のお祝いに食べられることも多い和菓子です。

茨城県水戸市「水戸の梅」

茨城県水戸市には、金沢の兼六園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園のひとつ「偕楽園」があります。偕楽園には約100種類、3,000本の梅が植えられており、2月下旬から3月下旬にかけて春の告げてくれます。毎年この時期になると「梅まつり」が行われることもあり、梅とはきってもきりはなせない地域です。

水戸の梅という和菓子は、白餡または小豆のこし餡を求肥で包んで、梅酢に漬けた紫蘇(しそ)の葉でくるみ込んだ和菓子です。紫蘇の葉の芯を取り除いたり、紫蘇の葉を蜜で煮込んで蜜漬けをしたり、柔らかい食感を出すためにお店によっていろいろな工夫がされています。

水戸の和菓子の老舗である亀印製菓の当時の店主が水戸藩の古文書に載っている紫蘇巻き梅干しを参考にした和菓子と言われています。元々亀印製菓がお漬物屋さんでであったため、梅干し用の紫蘇の葉を和菓子に使うを思いついたと言われます。当初は白餡を紫蘇の葉でくるんだ和菓子として「星の梅」という名前でしたが、のちに「水戸の梅」に改名されました。

まとめ

このほかにも日本各地で梅にちなんだ和菓子があります。日本は地形の特徴から梅の花が咲く時期、梅の実がなる時期が地方によって少しずつずれてはいるものの、春を告げる花として親しまれている梅です。見てもよし、食べてもよしの梅の和菓子、是非ご賞味してみてはいかがでしょうか。