お盆やお月見など、夏から秋は、家族が集まって和菓子を頂く機会も多くなります。

七月から九月にかけての和菓子にまつわる様々な風習を御紹介します。

七夕と和菓子

七月七日は五節句の一つである「七夕」です。牽牛星と織女星を祭る行事で、願い事を書いた短冊を笹竹にさげて星に祈ります。「七夕」に決まって食べる和菓子は存在しませんが、多くの和菓子店が「七夕」にちなんだ和菓子を古くから作っています。牽牛星と織女が天の川を渡って再会するという伝説にちなみ、夜空や星、銀河などをモチーフにしたものや、織女が織る薄絹や糸巻きなどを模ったものなど、美しく多彩な和菓子が並びます。

祇園祭と粽

京都では八阪神社の祭礼である「祇園祭」が行われます。七月一日から一か月間にわたって行われる長いお祭りで、京都の夏の風物詩です。十七日の「山鉾巡行」では、三十一基の山と鉾が祇園囃子とともに市中を巡行しますが、これは疫病の鎮静を祈願して始められたといわれています。かつては山や鉾から疫病除けの粽が撒かれたそうです。

土用と土用餅

「土用」は春夏秋冬の最後の十八日間をいいますが、現在の日本では夏の土用を意味します。夏の土用に砂糖を入れた餅をついて食べると厄除けになるといわれ、これを土用餅と呼びました。「土用」の入りの日に餅を食べると夏病みしないとの言い伝えがあるそうです。毎年七月二十日あたりが夏の土用の入りの日になります。

お盆と和菓子

旧暦七月十五日は「お盆」です。現在では一般的には一ヶ月遅れの八月十五日に行う地方が多いです。「お盆」の帰省や先祖の霊を祭る精霊祭、盆踊り等、夏の風物詩として日本の祭事を代表するものです。毎日の供え物の一例として、十三日はお迎え団子、十四日はおはぎ、十五日は素麺、十六日は送り団子など、変化を付けて供養するとされています。お盆休みに親戚縁者が集う席では、ひんやりとした涼菓が喜ばれるでしょう。

重陽と和菓子

九日は五節句の一つである「重陽(ちょうよう)」です。陰陽思想では、奇数を陽数とするため、その極みとなる九が重なる意味で名付けられました。「重陽」は「菊の節句」と呼ばれ、平安時代の宮中では、菊花を観賞し、花びらを浮かべた菊酒を飲んで長寿を願いました。重陽の節句の前夜、菊に綿をきせ、翌日に菊の露と香りが移った綿で身体をなでると長寿を保てるとされました。この言い伝えをモチーフに、練り切りの菊に、綿に見立てた自然薯のそぼろを纏わせた和菓子など、この時季は菊を模った和菓子が多く見られます。また旧暦では収穫祭と重なる時季で、栗を食べる風習が見られることから、「栗節句」とも呼ばれます。

仲秋の名月とお月見団子

秋の月は大気が澄んでいるので四季の中では最も明るく美しいとされ、月は秋の季語となっています。旧暦八月十五日は「仲秋の名月」で、「十五夜」と総称し、萩やススキを飾り、月見団子を供えて秋の名月を観賞します。「仲秋の名月」は別名「芋名月」といい、秋に収穫される里芋をお供えしたということで、お月見団子はその里芋の形を模しているといわれます。旧暦では七月八月九月を秋として、それぞれ初秋、仲秋、晩秋と呼び、八月の満月を「仲秋の名月」と呼びます。お月見の風習は奈良時代に中国から伝わり、平安時代に貴族の間で行われたのち、農耕儀礼と結びつき、年中行事として広まりました。

秋のお彼岸とお萩

二十二日は秋分の日で彼岸の中日。この日を境に少しずつ日が短くなります。春分・秋分の前後三日を含む七日間は「彼岸」です。暑さ寒さも「彼岸」までといわれるように、季節の変わり目にあたります。「彼岸」には、墓参りなどの先祖供養を行ない、お萩をお供えします。秋の新豆で作るお萩は豆が柔らかく格別の美味しさです。また、日が真西に沈むことから、西方浄土(極楽浄土)に向かって夕日を拝む風習も残っています。