以前、日本の文化と和菓子の歴史について、書きました。
その時、和菓子への外国からの影響についても詳述しました。
そこで、今回は、和菓子の特徴と定義をあらためて考えてみたいと思います。
和菓子とは、外国のオリジナル菓子以外のお菓子と考えれば、非常に幅広い概念です。
では、和菓子としての変わらない本質はなんでしょうか。

日本のお菓子は、外国の技術を非常に柔軟に取り入れるのが常です。
ですから、いつの間にか、外国のお菓子も外国のものではなく、日本独自のものとして発展してしまうのです。
その一番、顕著な例が、菓子パンのあんパンでしょう。
パンで餡をくるんで焼いてしまうなどというのは、すごい発想です。
あんパンを洋菓子と和菓子の奇跡だと呼ぶ人もいるくらいです。

それでも、変わらない和菓子の特徴を探ってまいりましょう。

和菓子の概念の登場

和菓子という概念自体が、最初に現れたのは、明治時代です。
和菓子とは、西洋菓子に対して、日本の伝統的な菓子という意味です。

つまり、和菓子という考え方ができたのが、明治時代だということです。
それまでは、鎖国であったので、外国のお菓子はありませんでした。
南蛮菓子も、もとは外国の菓子であっても、すでに日本の菓子になっていましたから。

しかし、明治時代になって、あまりにも多くの外国のお菓子が日本に流入しました。
オーブンなどの調理器具が入ってきたことも、大きな意味があったのです。
いわゆる、焼きまんじゅうである、栗まんじゅうなどは、オーブンが輸入されなければ、作れない菓子でした。
ですが、栗まんじゅうは、やはり、和菓子でしょう。
このように、日本人の才覚で、すぐに日本的にアレンジされたお菓子がたくさん出てきたのです。

そこで、西洋菓子と和菓子を区別したいという、考え方もでてきたのです。
大正の初めには、日本の伝統のお菓子としての和菓子という言葉が、しばしば使われるようになりました。

明治大正期のお菓子の発展

キムラヤのあんパン。カステラ生地を使ったどら焼きや、たい焼きの発生。
鎌倉の鳩サブレ。
有馬温泉や宝塚では、炭酸煎餅が生み出されました。
これは、西洋の温泉では、入浴よりも、飲泉(いんせん・温泉水を飲んで治療すること)が盛んであるという習慣に基づいたものです。
その西洋風の習慣を、和菓子の砂糖煎餅の製法に取り入れた、新しいお菓子でした。
さらに、カステラ生地のお菓子である、どら焼きやたい焼きも、和菓子なのです。

また、徴兵制度の整備によって、日本人は軍隊の糧秣に接しました。
軍需品として発達した、キャラメルやチョコレートなどの西洋菓子に触れる人の数が、江戸時代などよりも、はるかに多くなったのです。
甘いお菓子は、ますます身近なものになっていきました。

もちろん、明治維新(1868年)のあと、日本の菓子の世界には、大量に甘いものがあふれるようになりました。
しかし、一方で、第二次世界大戦がおさまってしばらくするまでは、大福も塩味の大福が依然として作られていたのです。
甘いお菓子は、日本人が日常的に目にすることはできるものになりました。
しかし、やはり一般庶民にとっては、ぜいたく品だったのです。

日本人と砂糖

たとえていうなれば、当時の甘いお菓子は、現代の私たちにとってのショートケーキのようなものでしょうか。
ショートケーキがあることは知っているし、誰でも何度も食べたことがあります。
買えないほど、高価なお菓子でもありません。

けれども、毎日欠かさず、ショートケーキを食べたとしたら、やはりぜいたくでしょう。
少なくとも、その程度のぜいたく感のあるお菓子が、砂糖を使ったお菓子だったのです。

では、それが本当に自由になったのはいつでしょうか。

第二次世界大戦中は、戦況の悪化により、南洋からの砂糖が入ってこなくなり、砂糖やお菓子は大変な貴重品になりました。
戦争が1945年に終わると、1947年に、砂糖の統制は撤廃されました。

しかし、砂糖の輸入が全面的に自由化されたのは、1964年、東京オリンピックの年だったのです。
これによって、砂糖の価格は急速に下落しました。
この時に、神戸に本社を置く、パンの神戸屋は、サンミ―という菓子パンを作りました。
欧米文化の象徴であった、オレンジマーマレードとチョコレートのかかった、デニッシュのような菓子パンです。
日本も先進国に追いついたのだ、という思いが、新しいパン菓子となってはじけたのです。

こうして、砂糖がぜいたく品であるという感覚は、日本人にとって遠いものとなったのです。
現代では、甘すぎるものをさけて、甘みの少ないものを高級品と考える場合もあるくらいです。

和菓子の特徴とは

さて、甘みやお菓子に対する、日本人の感覚は、これほど大きな転換を遂げたのです。

では、和菓子とは、いったい何なのでしょうか。
これだけ、日本の菓子や料理が無国籍になっても、なお、和菓子が伝統の菓子だという根拠は何でしょうか。

たとえば、また、昭和の終わりに発明された、いちご大福を見てみましょう。
こちらも、いくらイチゴや生クリームが使ってあっても、だれも、洋菓子と呼ぶ人はいないでしょう。

では、日本の和菓子と洋菓子の違いは何なのでしょうか。
実は、南蛮菓子が入ってきた、戦国末期(16世紀)にまでさかのぼるのです。

和菓子の歴史を研究するときに、とても役に立つテキストが2冊あります。
『和菓子の歴史』(青木直己著・ちくま学芸文庫)と、『事典 和菓子の世界』(中山圭子著・岩波書店)です。

そのどちらにも書いてあることですが、日本の菓子には、動物性の材料を使わないのです。
ただし、ひとつ例外があります。
南蛮菓子が導入されたとき、料理でも製菓の世界でも、卵を使うようになったのです。
これが、和風のお菓子の基本なのです。

和菓子の定義とは

ですから、カステラは、バターを使っていないケーキですから、和菓子になります。
一方、どんなに安価な焼き菓子であっても、バターや牛乳を主成分とするものは、日本のお菓子であっても、洋菓子の分類に入ります。
菓子パンは微妙ですが、純粋の菓子ではないことから、除外できるでしょう。

いちご大福は、イチゴや、時には生クリームまでが使ってあっても、基本は大福餅なのです。
主材料には、植物性の材料しか使われておりません。

植物性のみの主材料を使うのが、和菓子の基本です。
そして、動物性主材料の例外は鶏卵のみ、というのが、和菓子の世界では一つの大きな基準であり、定義だといえるでしょう。